時代の向こうと語りあおう。
カルチャー&ヒストリー

時の流れを越えて今、この勝山に生きる 古代ロマンそして、先人たちの足跡。
ゆっくりと対峙して 遠い時代に思いを馳せて・・。
ここに繰り広げられた ドラマに思いを馳せるのも旅の楽しさ。
ひとときのタイムスリップをどうぞ。


◆冨士御室浅間神社
祭神は木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。本宮は富士山吉田口登山道二合目(勝山村飛地)に鎮座し、河口湖畔の勝山村地内に里宮社があります。
戦国時代には、武田家祈願所となり、武田三代の敬信を厚くうけました。信玄公直筆のご息女安産祈願文寺、武田三代の関係古文書も数多く残されています。その他にも多くの貴重な社宝があります。


勝山記
勝山記
◆勝山記
(県指定有形文化財)
勝山記は、冨士御室浅間神社伝の古記録で、始めと終わりが欠けていますが564年から永録2年(1559年)までにおよそ千年間の記録が記されています。
富士北麓の気候、農作物、経済の状況、凶作や疫病に悩む農民の姿、富士山の雪しろや地震、火山活動の様子などが詳しく書かれ、当時の生活がよくわかります。
また、武田、北条、今川諸氏の戦況など、戦国時代甲斐を中心とした隣国の歴史を知る貴重な資料でもあります。
(勝山歴史民俗資料館展示)

◆冨士御室浅間神社本殿
(重要文化財)
一間社入母屋造 向拝唐破風
現在の本殿は1612年(慶長17年)、領主鳥居土佐守成次公が造営したもので、昭和49年に里宮の地に移築されました。
見るからにしっかりした入母屋造の本殿は、朱漆に塗られた深紅の壁や階段と金箔の扉、各部には透かし彫りや彩色が施され豪華豊麗な桃山建築の特色がよく表れています。
冨士御室浅間神社本殿

不動明王座像 ◆不動明王座像
(村指定有形文化財)
武田信玄公自刻の像と甲斐国志に記されています。高さ一尺一寸の寄せ木づくりで、軍配には武田家の家紋「武田菱」が刻まれています。戦国の世の武将を想わせる剛健な姿です。(年1、2回御開帳)

◆安産祈願状
 (県指定有形文化財)
武田信玄が、北条氏政に嫁がせた愛娘(後の黄梅院)のために、自ら当社に奉納した安産祈願文。不世出の英雄信玄も、一人の父親として、ひたすら謙虚に、冨士浅間大菩薩の神助を祈願しました。
(勝山歴史民俗資料館展示)

◆聖徳太子像(厨子入り)
(村指定有形文化財)
江戸初期の制作と伝えられていますが、作者は不詳。
曲がり金を持ち正装して馬に乗る太子の姿を現しています。聡明な太子の面影がうかがわれる優れた木彫りです。
厨子は、やはり江戸時代のもので、繊細な彫刻に鮮やかな色彩が施された美しいものです。
(年1、2回御開帳)

◆八王子神社
祭神は素盞鳴尊(すさのうのみこと)。殿内には素盞鳴尊と八王子(天照大神と素盞鳴尊とが誓約して生んだ五男三女神)がまつられています。文治元年(1185年)に地方政情の巡視にこの地に来ていた八検使の内二名は、滞在中八王子権現を深く崇拝していました。その心を尊重し、2名の死後文治2年住民の小七郎
が八王子権現をまつりました。
八王子神社

◆法華宗長徳山妙本寺
1292年、片山村(現在の勝山村)住人の助四郎が本殿を建立し、当時は真言宗の寺と云われ、後に法華宗に改宗した開基は日法上人、二世は妙本道と云い、長徳山妙本寺と称するようになりました。
◆秋葉神社
羽根子山頂、一湖台の見晴らしの良い地にある小さなお宮です。秋の火わたり祭りは有名です。

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