水と棲む
水への想い、地球への想い
遥かな昔、湖の湖底であったといわれる忍野村は、大自然が恵む、豊かな水とともに棲んできました。
水質汚染が地球規模の問題となる今、私たちは美しい水を守り、未来の子供たちに渡したいと考えています。
水と棲む

忍野八海の歴史をたどる
 忍野は、昔、宇津湖と呼ばれる湖だったと言われています。この湖は、延暦19年の大噴火で、鷹丸尾溶岩流によって2つに分断。山中湖、忍野湖になったと言われます。しかしその後、西方富士裾野と御坂山系との狭間を水蝕し、掘削排水され、ついに忍野湖は、乾れたものの富士山の伏流水の湧水口としていくつかの池として残ったのが忍野八海です。八海は、かつては富士講講者の人たちの身を清める池だったといわれます。富士講信仰は、はじめ琵琶湖、諏訪湖、芦ノ湖、中禅寺湖などの外八海を廻って富士登山にのぞんでいましたが、非常に遠方であることから、山中湖、明見湖、河口湖、西湖、本栖湖、精進湖、四尾連湖等を巡拝するようになり、280年程前からは、忍野八海が巡拝の池に代わったと伝えられています。
忍野八海とは、湧池、出口池、お釜池、濁池、鏡池、菖蒲池、底抜池、銚子池、の8つ。現在の八海は、それぞれの湧水量は異なり、ほとんど沼地化したところもあって八つの池が全部昔の面影をとどめてはいませんが、湧池のように今なお豊かな湧水量を誇っているところもあります。
忍野八海の湧水は、富士山の高地に降った雪や雨が、古いものは20年以上の時間をかけ、地下水として濾過されたもので、池の水はいつでも澄んでいます。昭和60年には、水質や水量、保全状況や景観に優れ、古くから地域住民に親しまれているということで、環境庁より全国名水百選に選定されました。

水と棲む忍野村の生物たち
 昔から深い水との関わりのうえに生活してきた忍野。水の清らかさや汚染度はそこに生息する生き物たちによって知らされると言われています。忍野の川や湖沼を調べると、虹鱒、ヤマメ、ウグイ、カジカ、山間の渓流上流にしか住まないといわれるアブラハヤ、湧水に住む非常にめずらしいホトケドジョウなどが見られます。また、植物では、忍野周辺の水湿地に生ずるハイリ、マコモ、ミクリのほかにアシ、セキショウモ、オランダガラシなどがおびただしく繁茂しています。その中で全国でも貴重な植物がフッキソウ。フッキソウは別名キチジソウ(吉祥草)といい温帯から暖帯に分布するツゲ科の草で、木陰に生息し、四、五月頃に茎の先に淡黄緑の花をつけます。フッキソウは、地方名を「シノブグサ」とよばれるとこから、忍野村の「村花」にもなっています。忍野の水は、人のみでなく、ここに生息する多くの生物にも限りない恵みを与えているのです。

美しい水を未来の子供たちへ
 忍野村では、人口の増加、先端技術産業の立地の他、上水道及び下水道の共用開始など、水の需要の大幅な増加が予想されるとともに、河川水や地下水の汚濁の問題も起こり始めています。こうした状況をふまえ、村では水源地域の自然環境の保全と森林の整備、河川等の周辺における生活環境の整備、地下水等の水源の調査・確保・忍野八海の水の復元などの施策を積極的に推進しています。また、恵まれた自然との調和を保ちながら観光・レクリエーションの一環としての、内水面漁業の振興を図ることを目的に淡水魚を中心とした魚や、忍野の水生植物などを観察できる「さかな公園」を2001年にオープンしました。豊かな水の恵みに生かされてた忍野村は、美しい水を未来の子供たちに渡すため、きめ細かい取り組みを重ねて、確実な歩を重ねていきます。

美しい水をいつまでも子供たちに残したい


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