Last updated:2000年 6月 15日 (木)

時代をこえて生きる、いにしえびとの心。
文化財探訪
富士吉田文化財一覧


建造物

うっそりと茂る杉木立の参堂。歴史のぬくもりが私たちをつつむ。

北口本宮富士浅間神社 御師の家(小佐野家住宅)
社記によれば、富士山の大噴火を恐れた住民を安ずるため、垂仁天皇の御代、勅命をもって火山鎮護の神、木花開耶姫を祀ったのがはじまりとされている。武田信玄をはじめ領主の崇敬も厚い。延暦7年(788)創建。老杉のうっそうと茂る杜には荘厳華麗な本殿と東宮・西宮本殿(三殿とも国の重要文化財)や60年に1回建て替える朱塗りの大鳥居、根まわり約23bの杉のご神木(天然記念物)などを拝している。
社記によれば、富士山の大噴火を恐れた住民を安ずるため、垂仁天皇の御代、勅命をもって火山鎮護の神、木花開耶姫を祀ったのがはじまりとされている。武田信玄をはじめ領主の崇敬も厚い。延暦7年(788)創建。老杉のうっそうと茂る杜には荘厳華麗な本殿と東宮・西宮本殿(三殿とも国の重要文化財)や60年に1回建て替える朱塗りの大鳥居、根まわり約23bの杉のご神木(天然記念物)などを拝している。

深緑の中に佇む古寺社。おだやかな空気が、心を憩わせてくれる。

正福寺の本堂 正福寺の経堂
本堂が建立されたのは元和6年で、今から約360年前である。桃山時代の工法で「千鳥形破風入母屋造」である。内陣は旧芝増上寺境内の「徳川2代の霊廟」と同じ工法といわれ、極彩色の絢爛たる装飾はまことに見事なものである。また内陣両袖の襖は表裡とも江戸時代の巨匠の作である。
明和年間(約210年前)建立された。当時日光御門主であった一品親王公澄より賜った由緒あるもので、正面に掲げた「一音蔵」の額は一品親王の直筆である。内には華麗な八角輪転蔵(回転しながら経をおさめる箪笥)をそなえ、一切経五千七百巻をおさめている。
大正寺の鐘楼 福源寺の太子堂
文化十年(約170年前)に建造されたもので「千鳥形破風入母屋造」。基礎は新倉石で積みあげてあり、安定した豪壮な外観からしても当時の建築様式の枠を集めたもので鐘楼としては稀に見る壮麗な姿である。
享保9年(約260年前)の建造で「六角寄棟造」。廻廊を廻らし擬宝珠控高欄がついている。法隆寺の夢殿を思わせる様な優雅な美しい建物で、内には聖徳太子の自筆といわれる太子16歳の肖像画と太子の木像がおさめられている。


天然記念物

裾野に広がる歴史の遺産がいにしえの富士を語る。

冨士浅間神社の大杉 小室浅間神社のかつらの木
拝殿の前、向かって左側にある。根回り23m85p、根幹の境の周囲12m25p、地上1m50pの幹囲8m23p、樹高は45b。幹は地上10メートルで2幹に分かれ始め16mで全く2分し、頂上に至っている。樹勢は盛んで、樹齢千年以上といわれており、北条義時の手植えと伝えられている。
本殿の北側にあり、根廻り13m、樹高28m、枝張東西15b、南北14b、樹齢600年と推定される。かつて南北朝時代の争乱のの際の鎌倉で討たれた大塔宮護良親王の首級を雛鶴姫が負って落ちのび、この樹の根元の葬ったという伝説があり「大塔宮桂の古跡」とも称している
吉田胎内樹形 大正寺の庭園
上吉田の剣丸尾の東縁にあり、本穴は一本横臥樹型と三本の井型樹型と小円筒型横臥樹型とから成り、入口の横臥樹型には樹木の木理が明瞭に保存されている。また天井には溶岩鍾乳石が垂れ、洞底には溶岩石笥がのびている。富士講の人々は「浅間明神が此れ地より誕生し給ひける」と言い伝え、神聖な霊地として信仰の゛胎内"となっている。
文化年間(約170年前)徳川将軍家の庭師石斉によって、富士焙岩の自然を基礎とし築いた庭園で、中国廬山の「虎渓」を形どって作ったもので一名「虎渓の庭」ともいう。
幽邃にして壮大な景観をよく現しており、まだた原形がよく保存されている。
雁の穴 つつじヶ原のレンゲツツジ
及びフジザクラ群落
国の天然記念物であらやの上の溶岩地帯にある。無数のあて穴があり、昔から雁の穴と呼ばれている。
富士吉田登山口の中の茶屋から大石茶屋にかけてレンゲツツジとフジザクラのみごとな混生群落があり、国の天然記念物となっている。


史  跡

女人天上 新倉掘跋
住古より、女人の登山は2合目までに限られ、男子でも登頂は旧暦の6・4月と定められ、百日の行なしには固く禁止されていた。そのため両月以外、または行法なしで登る信者は「逢拝所」に於いて頂上を奉拝する例となっていた。同所は女人信者も内密にそこまで登り奉拝したため「女人禅定」なまって俗に「女人天上」といわれた。
江戸時代、ふそぶき山を掘り抜き、水のない新倉村へ河口湖から水を引き水田を開拓した。延長4qに及ぶトンネル掘ることは技術も、機械もない当時としては大事業であった。明治以前に掘ったものとしては全国第一のものである。赤坂地区に当時の掘抜跡が保存されている。


無形文化財・有形文化財
荘厳な雰囲気。神々の心をいまに伝える。
北口本宮冨士浅間神社の神楽舞
この神楽舞は、一名岩戸神楽とも呼ばれ「古事記」「日本書紀」などの建国神話の中にある、天照大神の岩戸隠れ、岩戸開きのとき岩戸の前で神々が踊ったという故事を神楽にして表現したもので、現在伊瀬・熱海に伝わるものを含めて、三神楽といわれている。
紙本墨書仁王経硫巻上本円側撰
(重文)
太刀 銘備州長船経家糸巻太刀拵
(重文)
藍染資料
木造釈迦如来立像(四念寺)


● 富士吉田市歴史民俗博物館 ● ● 味わい豊か伝統のあじ ●
 富士山麓の歴史や先人の足跡を後世に伝えるための施設として建設された。エリア内には歴史民俗博物館を中心に御師の家(復元)、農家(旧武藤家)などが設けられている。織物や富士登山の歴史、民具などを展示し、富士吉田のあゆみを視覚的にとらえられるようになっている。 腰のある手うちうどん
だしは鰹節。
あたたかなうどんにとうがらし、ごま、醤油、砂糖(すりだね)という薬みを入れて食べる。
歯ごたえのあるうどんとだしの妙。
この地で生まれた素朴な味。


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